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瀬長亀次郎 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 瀬長 亀次郎(せなが かめじろう、1907年6月10日 - 2001年10月5日)は昭和期の政治家。太平洋戦争後の米軍占領下の沖縄で沖縄人民党を組織し、圧制に対する抵抗運動を行った。返還前の沖縄で立法院議員や那覇市長を歴任。沖縄返還後は日本共産党に所属し衆議院議員を7期務める。沖縄県豊見城村(現豊見城市)出身。当時の沖縄の人達に「カメさん」と呼ばれて沖縄の英雄だった。 [編集] 経歴 1907年、沖縄県豊見城村我那覇に生まれる。沖縄県立二中(現沖縄県立那覇高等学校)、東京・順天中学(現順天中学校・高等学校)を経て旧制第七高等学校(現鹿児島大学)に進んだが、社会主義運動に加わったことを理由に放校処分となる。2年間の兵役を務めた後、1932年に丹那トンネル労働争議を指導して治安維持法違反で検挙され、懲役3年の刑で横浜刑務所に投獄される。その後、召集されて砲兵として中国へ出征する。 戦後、名護町助役、沖縄朝日新聞記者、毎日新聞沖縄支局記者を経て、1946年にうるま新報(現琉球
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